目がかすみ目の前が暗くなる事を「眩」といいます。回転したり揺れ動いて見えるものを「暈」といいます。
この2つは同時に起こる事が多いので「眩暈」と言います。
東洋医学では他に頭眩、眩暈、冒暈などと表記する場合もあります。東洋医学では立ちくらみや乗り物酔いも眩暈に含みます。
中国古医学書の「素問」至真要大論大七十四には「諸風掉眩は肝に属す」と記載があり同じく古医学書の「傷寒論」の弁少陽病脈証併治第九第一条に「少陽の病は口苦、咽乾、目眩なり」とあります。
これらの書が記しているのは目眩が肝経と胆経(三焦経と陽維脈も)と大きな関りがあるという事です。
そのほかにも「素問」「霊枢」では上虚になると目が回るとあります。
上記の内容は「黄帝内経」という古医学書には「「諸風掉眩は皆肝に属す(掉は肢体の動揺、眩は眩暈の意味)」「上気不足」「髄海不足」と記載されています。
また劉河聞という中国医学の医師は風火との眩暈の関係を指摘し朱丹渓は痰と眩暈の関係を指摘しています。また張景岳は虚と眩暈の関係を指摘しています。
これらのめまいは自律神経失調症、高血圧、動脈硬化、貧血、メンタル疾患、頚椎症、メニエル病などで現れる眩めまいも含みます。
古典東洋医学的な分類
肝虚証、脾虚証、肺虚証、腎虚証があります。
肝虚証
肝虚熱証と肝虚寒証があります。
肝虚熱証~上焦熱
中国の隋の医家、巣元方らが610年頃に煬帝の命で編纂した「諸病源侯論」に
「血気が虚しているときに風邪に逢いそれが目系から脳に入ると目眩が起こる」とあります。
これは風の邪気は肝に入りやすく風邪が入るとは肝血の中の津液が足りなくなり熱が生まれるという話で肝虚熱証の事を指しています。
肝虚熱証では熱が上焦に昇る事で眩暈をはじめ様々な不調があらわれます。
肝虚熱証で生まれた熱は少陽経絡に出ていくことが多く、通常左関上の脈は軽く触れても感じやすいが眩暈の方の脈は胆経の気が虚している為軽く触れた程度では感じません。
深い部分まで触れることで沈弦虚でかたい脈が感じられます。これは熱が外に発散しないで上焦に昇ったと考えます。
別の表現では胆経の気が上部に停滞して下焦にまで降りてこない、もしくは降りてくるほどないから眩暈がすると表現します。
キーワードは胆経の気です。胆経は扉の枢のような役目を持っています。
「素問」霊蘭秘典論第八には「胆は中正の官」とあり胆経には身体の平衡感覚を司る作用があると考えられています。
そのため胆経の気が虚す事で目眩が起こると考えられています。
また胆経である少陽経は耳を巡っており東洋医学でも眩暈と耳は関係していますが西洋医学的にも耳の状態と目眩は関連が深いです。
肝虚寒証~上気不足
古医学書の「素問」五臓生成論第十に「徇(めまい)蒙(くらみ)うごけばはなはだし、目冥、耳聾は下実上虚、過は足の少陽厥陰にあり」と記載があります。
また同じく「素問」口問第二十八に「上気不足すれば、脳これが為に満たず、耳これが為に鳴るを苦しむ、頭これが為に苦しむ。
目これが為に眩す~中略~目眩。頭傾くは足の外踝の下(丘墟穴)を補い、これを留める」とあります。
この頭の陽気が無くなったという意味の上虚や上気不足は肝虚寒証から起こりやすいです。
しかし他の寒証でも胆経の陽気が無くなることもあり同じような状態になることがあります。
そのような場合でも眩暈があれば胆経の気がキーワードになります。
これらの寒証の眩暈は貧血や低血圧による眩暈、立ち眩みも含んでいます。
脾虚証
脾虚熱証と脾虚寒証があります。
脾虚熱証~痰飲
医家の朱丹渓は「痰、上にあり、火、下にあり、火炎上りてその痰を動ずるなり、この証、痰に属するもの多し、蓋し痰なくば眩をなすあたわず、
風邪に因ると難もまた必ず痰あり、気虚を挟むものもまた宜しく痰を治するを主となすべし」と述べています。
「病因指南」では「痰火、上焦に塞がりてなる者あり」、
「医学正伝」では「肥白の人は湿多く、痰上に滞りて、火、下に起こるなり、痰は火によって上衝す、所謂、痰なければ眩を為さず」とあります。
痰、痰飲とは粘って巡りが悪くなった津液の事を指しています。
その痰飲が火(病的な陽気=病的な熱)の上昇する性質によって上に昇ると眩暈が起こるります。
痰飲を無くすためには小便を出すのが最も良いですが、膀胱にも熱がこもっていると小便が出づらくなります。
小便を出すためにはまず脾を補い胃の働きを良くし膀胱の熱を取る必要があります。
この事からも痰飲による眩暈は脾虚胃虚熱証で胆経の気が虚したときに起こると考えられます。
胆経の気は肝の発生作用を受けて陽気を発散しているのですがこれが痰飲のために抑えられているので胆経の気が虚してしまうのです。
脾が虚して胃に熱が発生してその熱が膀胱に行くと小便が少なくなる話をしましたが小便が少なくなると胃に痰飲が溜まりやすくなります。
さらに膀胱の熱が腎の津液を乾かすために熱が発生してしまいます。そしてその熱によってのぼせやすくなるのです。
この津液が乾く腎虚によるのぼせを古代の人たちは「火、下にあり、火炎上りてその痰を動ず」と表現していました。
この状態だとまず頭痛が主な症状になります。
そしてさらに胆経の気が下焦に降りてこない事になると眩暈が起こります。
乗り物酔いする場合もこのタイプの方で胃が弱いために乗り物酔いします。
だから少しだけ食べておくと良いのです。食べる事で胃が動き陽気が作られ胃の中に水が停滞しにくくなり痰飲が少なくなるからです。
脾虚寒証~腎虚寒証
張岳景の「景岳全書」には過度に発汗、嘔吐、下痢すると眩暈が起こるとあります。
過度に発汗すると陽気が外に出すぎてしまうからです。
過度の嘔吐も胃の陽気を失ってしまいます。過度に下痢すると腎の陽気と胃の陽気が失われてしまいます。
身体の表には太陽経、陽明経、少陽経の三陽経が巡っていて少陽経がもっとも深くにあります。
その少陽経の陽気まで無くなるほど発汗してしまうと眩暈が起こります。
この時胃に多少水があるから内外の水のバランスが崩れて眩暈が起こるとも考えられています。
胃に熱が多い人や食べすぎて胃に溜め込みすぎている人は嘔吐するとすっきりします。
胃の弱い人は嘔吐しすると眩暈がします。胃の陽気が元から少ないのにさらに胃の陽気がなくなるからです。
胃の陽気が無くると陽経の陽気もなくなるので眩暈が起こるのです。
嘔吐と同じように胃腸に熱が多い人は下痢すると気持ちよくすっきりしますが胃の陽気が少ない人は下痢すると冷えたり疲れたり脱力しまいます。
これは下焦の腎の陽気も無くなってしまうからです。腎の陽気が無くなると陽経の陽気も無くなって眩暈が起こります。
「病因指南」ではこのような状態を「元陽(腎の陽気=命門の陽気)虚して陽気の根弱気を以って」とあります。
「素問」に上虚とあるのはこの状態も含んでいると考えられます。
上焦に行くほどの陽気がそもそも無いわけです。
他の眩暈のパターンだと上焦に陽気が停滞して下焦に降りてくるほどは無いので、のぼせて眩暈がするのですが
脾虚寒証~腎虚寒証だと上焦に停滞するほどの陽気も無いのです。
脾虚寒証から発展して腎虚寒証となったものなので脾虚腎虚寒証といいます。
「病因指南」に「飲食中焦に塞がり、昇降妨げてなる」とか
「心脾の元気疲れて下に陥り、清陽上に伝えざるが故に、上焦の濁陰下らずしてなる」など記載されているのもこのタイプの眩暈と考えられています。
肺虚証
肺虚肝実証で捉えます。
肺虚肝実証
劉河聞は「「素問」至真要大論大七十四に「諸風掉眩は肝に属す」」から
「風は動を主る故なり、所謂、風気甚だしくして頭目眩運の者は風木旺ずるにより必ずこれ金衰えて木を制するあたわず、
しかして木また火を生ず、風火みな陽に属す、陽は動を主る、両動(風と火のこと)相博てば則ちこれが為に旋転す」と言っています。
これは肺虚肝実証によって眩暈が起こるという事です。
腎が虚して上焦(主に心熱)に熱が多くなり同時に肝血が停滞して鬱状態になった事による眩暈と考えられています。
肝血が停滞した事で肝の発生作用が弱くなっており胆経に出てくる気が少なくなっているのです。
腎虚証
腎虚熱証で捉えます。
腎虚熱証
「医学正伝」に「痩せた人は腎水かけ少なく 相火上炎して眩暈す」とあります。
「病因指南」では「陰虚して火気の上升に因る」とあり「鍼灸重宝記」では「陰虚火動」とあります。
これらは腎の津液が虚すと冷ます働きが失われ熱が発生します。その熱(相火)が上焦に昇って眩暈が起こるという意味です。
この眩暈は肝虚証や腎虚証の眩暈とは違いフラフラします。のぼせたような状態です。
どちらかというと高血圧や腎虚によるのぼせといった状態です。この証の場合、胆経の虚はありません。
眩暈の症状解説
眩暈の感覚が証によって違います。
眩暈の種類
目が回って起きていられない
のぼせて頭がくらくらする
フラフラふわふわして歩きにくい
全身の力が抜けて歩きにくい
立ち眩みがする
乗り物酔いしやすい
眩暈の種類と証の違い
①頭を横に振ったり頭を動かすと眩暈起こり静止状態だと起こらないものは肝虚熱証が多いです。耳鳴り、難聴、耳閉感も伴いやすいです。
②じっとしていても眩暈が起こり、動くと吐き気がしたり嘔吐するのは脾虚胃虚熱証が多いです。脾虚の場合、頭重があります。
③眩暈時に全身が冷え、元気が無く、低血圧や貧血がある場合は肝虚寒証か脾虚寒証を疑います。食欲はありません。
④眩暈よりフラフラ感が主で歩けない程ではなく、肩こり 鬱症状、便秘などがある場合、肺虚肝実証を疑います。
⑤眩暈というよりはのぼせ感が中心で血圧が高い人の場合は腎虚熱証であることが多いです。
眩暈になる経緯と証の違い
肩がこるような仕事で過労になり眩暈・・・肝虚熱証
過去にも眩暈経験あり・・・肝虚熱証
耳の疾患、症状の既往あり・・・肝虚熱証
更年期による眩暈やのぼせ感・・・肝虚熱証
病気で出血した後・・・肝虚寒証
産後の眩暈・・・肝虚熱証か肝虚寒証
暴飲暴食後の眩暈・・・脾虚熱証
胃腸が弱く乗り物酔い・・・脾虚熱証か脾虚寒証
血圧が低い体質や貧血・・・肝虚寒証か脾虚寒証
不眠や肩こり・・・肺虚肝実証
発汗や下痢や嘔吐の後から眩暈・・・脾虚寒証
血圧が高い・・・腎虚熱証
眩暈が悪化する要因の色々
①不眠や過労。
②暴飲暴食後。
③急に暖かい部屋に入る事でのぼせる。
④うつ症状など精神的要因。
証の分類
肝虚証、脾虚証、肺虚証、腎虚証。
肝虚証
肝虚熱証と肝虚寒証があります。
肝虚熱証
寝返りや首を動かす事で目が回る事もあります。フラフラして歩きにくく無理に動くと吐き気がする場合もあります。しかし嘔吐はありません。
完璧主義で物事に対して徹底して行わないと気が済まない肝虚体質の方が過労や睡眠不足により眩暈なります。
無理をすることで起こる眩暈で肩こりや頭痛、耳鳴りを併発することが多いです。
更年期の症状として起こる眩暈が起こる眩暈も肝虚熱証であることが多いです。
また上焦に熱が多くなるために人によっては血圧が高くなっている場合もあります。食欲はそれなりにあり便秘している事が多いです。
イライラや不眠はこの証ではよくみられる症状です。
肝虚寒証
ぐるぐる回る回転性の眩暈であることもあります。立ちくらみが主になっていて西洋医学的にいうと貧血や低血圧の状態などです。
手足が冷えており食欲もなくなります。しかし頑張って食べたら食べられます。
耳鳴りや難聴を併発していることもあります。
性格的には怖がりになり人に会う事を避ける傾向がある場合もあります。
のぼせて頭が重くなります。歩くとフラフラすることもあります。
肝虚証の腹の状態
熱証は胸に熱感、左の脇下硬、ヘソの左側に動悸があります。 そのヘソの左側の動悸が胸にのぼってきてフラフラします。
寒証は側腹部が緊張し、上腹部全体が薄く緊張しているが眩暈があると巨闕周辺が詰まっています。回盲部に圧痛があります。
熱証、寒証とも鼠径上部に圧痛があります。
肝虚証の背中の状態
熱証、寒証とも上部の督脈上や夾脊穴に圧痛が出ており肩甲骨内側から首にかけて凝っています。
熱証に多い初見としては腸骨稜の上縁の圧痛です。
脾虚証
脾虚胃虚熱証と脾虚寒証があります。
脾虚胃虚熱証
小便が少なく腹痛や下痢があります。口渇があり、眩暈がないときは食欲があります。
眩暈が起こると吐き気や嘔吐、頭重が起こりますが嘔吐すると楽になります。
寝ていても目が回る事があります。乗り物酔いになりやすい傾向にあります。
暴飲暴食後に眩暈になることが多いです。
脾虚寒証
小便が少なく勢いがないです。
食事量が少なく下痢しやすいです。
手足も全身も冷えて脱力感が強く眩暈が起こっているときは上がれない事もあります。
脾虚胃虚熱証とは違い口渇がありません。
脾虚証の皮膚の状態
熱証、寒証とも心包経、脾経、胃経に圧痛がありますが眩暈があるときは胆経にも圧痛が出ています。
寒証になると脾経は凹んでおり胆経を押すと気持ち良く感じます。また寒証だと下肢の膀胱経に圧痛があります。
脾虚の腹の状態
中脘穴の部分に抵抗がありそれが巨闕まで広がっています。これは痰飲が多い事を現しています。
寒証の時は腹部全体が軟らかく弱弱しく感じる事もあります。
脾虚の背中の状態
脾兪や胃兪が膨隆しているが押してみると虚しています。
腎虚証
肺虚肝実証と腎虚熱証があります。
肺虚肝実証
肺虚肝実証は腎虚心熱が根底にあり肝実になったものなので腎虚熱証の一つとして捉えます。
不眠や肩こり、鬱症状があり便秘しやすい方が多いです。
腎虚熱証
のぼせがありフラフラして歩きにくい事があります。
急に立ち上がるとフラフラして動悸がする事もあります。
下痢をすることがありますが腹痛はありません。
眩暈が無ければ食欲はあります。小便の回数が多く腰痛を感じている場合が多いです。
腎虚証の皮膚の状態
腎経、脾経、膀胱経に圧痛がある場合が多いです。肝実証があると曲泉から上の肝経と胆経に圧痛があります。
腎虚証の腹の状態
肝実があるときは右の脇下硬があり鼠径上部に圧痛がありヘソ横下や下腹部に瘀血性の抵抗、圧痛があります。
腎虚が中心の場合、腹筋が全体に痩せて張っていて押してみると硬く感じます。
しかしヘソの下の任脈だけは虚しているので軟らかく感じます。もしくは臍下筆管があります。
また恥骨上部に抵抗と圧痛があり心下の巨闕の部分に詰まり感があります。
腎虚証の背中の状態
肝実があると大腸兪から仙骨部分にかけて硬く硬結があります。腎兪や志室の周りが硬く圧痛がある事もあります。
眩暈の東洋医学的な治療
本治と標治があります。
本治法の治療穴
基本穴と補助穴があります。
肝虚熱証
基本穴は陰谷と曲泉。 曲泉に置鍼しているだけで効果が大きい事もあります。
この証は胆経の脈がないのですが肝経を補うだけで出てくることもあります。
それだけ胆経へのアプローチは大切です。また肺熱が大きく影響している事が多いので魚際も補います。
肝虚寒証
基本穴は太谿と太衝。これに隠白、丘墟、足臨泣、飛陽などを併用します。
脾虚熱証
基本穴は大陵と太白。 これに太都、腕骨、崑崙、束骨、申脈などを併用します。
必ず陽輔か丘墟を補います。
脾虚寒証
腎虚寒証も混在している証なのでまず太谿を補います。そして衝陽、陽池、丘墟などを補います。
肺虚肝実証
陰谷、然谷の補法に曲泉の瀉法を加えます。曲泉は置鍼してもいいです。
また行間に経に逆らって打ちます。
腎虚熱証
基本穴は尺沢と復溜です。熱が多い場合は然谷も補います。
本治法補助穴
腹と背中
腹部
壇中、巨闕、中脘、梁門、章門、関元など。
痰飲がある場合は巨闕、中脘、梁門を使います。
寒証の場合は壇中、章門、関元を使います。
切皮程度の置鍼が基本です。
背部
風府、風門、陶道、風池、天柱、完骨、肩井、厥陰兪、肝兪、脾兪など。
しかし虚実寒熱の反応がでていないとこの穴を使用しても効果はありません。
痰飲が多い場合は脾兪に透熱灸も良好です。挟脊穴の圧痛や硬結のある部位に置鍼します。
標治法の治療穴
主に頭になります。
頭部
上星、頭臨泣、顖会、前頂、後頂、百会、神庭、天牖、頷厭、翳風など。熱証であればこれらに接触鍼を行います。
眩暈には特に翳風が効きます。
頭の臨泣と目窓の間にある当用に置鍼すると肝胆が補われ脈が大きくなります。
顔面では攢竹や四白に圧痛が出ている事があるので使用します。
乗り物酔いのツボ
足三里、厲兌に灸に刺激を行います。
乗り物に乗る前には陽輔や足臨泣に皮内鍼を行うと良いです。
二日酔いや酒の酔いを抜くには足臨泣が効果的です。
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